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会長より

ジョフカ会長 小澤普照 解散のご挨拶


 当会の解散に際し、お世話になりました会員を始め関係の皆様にはまずもってお礼のご挨拶を申し上げたいと思います。長年に及ぶご指導及びご協力ありがとうございました。当会はこの度、令和3年6月30日をもって解散することとなりました。

 さて、振り返りますと、公益法人見直しの中で平成25年4月に当会は一般社団法人海外林業コンサルタンツ協会に移行し、その後3年間は内閣府の監督下で事業を行って参りした。平成30年8月には、創立40周年を迎えるに当たり、名称を一般社団法人ジョフカと改称しました。

 そのような中、諸外国に対し積極的に森林・環境分野の協力活動を行い、その実施国は90ヵ国以上に達しました。また画期的なこととしては、総額100億円規模の小渕基金の実施機関として植林活動を実施し、中国の環境保全・回復に大いに貢献できたことです。また、中国においては更に無償資金協力の実施機関としての植林活動も実施しました。一方、海外森林調査を林野庁補助金により実施し海外における森林資源事情などを整理したこと、さらに海外から森林担当の行政官など対象として毎年10名以上に及ぶ研修員を集団で受入れたことなど、多岐にわたる活動を行い一定の成果を挙げることができたものと思っております。さらに独自の活動として、文献の収集も行い「Forestry in Japan」、その他の刊行物を刊行し研修などに利用し、また、幅広くHPなどを通じて研究者等にも配布し、大変重宝がられました。このような活動は地味なものではありましたが、大変有用な資料として国内外において役立てていただきました。

 さて、以下には、私的な或いは未来型発想なども混在しておりますが、ご了解を頂いた上で、お話を進めさせて頂きます。

 先ず、私が初めて「技術士」という言葉を耳にしたのは、昭和39年の夏の頃でした。私は昭和39年、それまでの地方勤務の公務員サラリーマンから、霞が関のオフィス街に勤務場所が変わり、花の都で仕事をすることになりました。

 その時、技術士という資格があり、なかなかカッコのイイ仕事だと思った記憶があります。しかし私は、技術士の資格に挑戦する機会がなく、今日にいたりました。その代わりというわけではありませんが、地球サミットをはじめ、世界各国のフォレスターとのお付き合いの機会が多くなり、真の友人としお付き合いをするようになりました。現時点で考えると、家族ぐるみでの付き合いにまで発展した、フランスのデ・ピエール氏のほか、カナダのピ-ター・ベッソー氏、更にはマレーシアのフリーザイラー氏などがあり、終生の友と言っても過言ではないと言えるでしょう。外国人を含む交友関係については、更なる充実が必要と考えていますが、高齢をものともせずに頑張って下さった神足さんらの後継者が減少する中、今後国際人材の持続的な確保につながるような対策を講じつつ、ルクセンブルグ国のような国を挙げての、マルチリンガル人材の育成政策を推進すべきでしょう。私は国際協力や国際交流の仕事や講演等につきましては、できる限り、自ら教壇に上がるなどして、少しでもお役に立てればよいと考えて行動しております。

 ここで、一言付け加えるとすれば、単なる理想ではなく、「より良い理想」を追求して欲しいということになります。

 以上述べましたことを土台にして、新たな発展策を組み立てていただくことにより、当会が解散してもこれまでジョフカが行って参りました経験と教訓が引き継がれ、ひいては、森林・環境分野の協力が発展していくことを願って止みません。

 今後、皆様とお会いする機会もあるかと思いますが、その時には、明るい未来を語ることができますよう願っております。最後に、皆様のご発展をお祈りし挨拶と致します。
(職員の皆様には、厳しい経営環境の中でよく頑張ってきたと言いたいと思います。)